「日加ビジネス記」の一環として、在日カナダ商工会議所(CCCJ)で3年以上にわたりエグゼクティブディレクターを務める石田紀子氏にインタビューを行った。同氏は、カナダ企業が日本でビジネスプロジェクトを成功させるための秘訣について語ってくれた。
困難な状況において、組織の使命に焦点を当て、それを支える柱を維持し続けることがいかにリーダーにとって重要であるか。
また、キャリアを通じて誠実に行動し、その誠実さに基づいて意思決定を下すことがいかに大切かについても具体的な話が伺えた。
取材は東京時間の午前11時(モントリオール時間前日午後10時)オンラインにて実施。
在日カナダ商工会議所
在日カナダ商工会議所(CCCJ)は、日加貿易の発展を促進するために1957年に設立された非営利民間団体。46もの業種を代表するCCCJは、会員主導、会員重視の組織として活動。会員数は400人を超え、この種の団体としては日本で最も歴史ある組織であることを誇りとしている。
同団体は三つの戦略を柱にして使命達成を図っている、
1- イベント開催
2- コミュニケーション
3- 会員の特権と利益の促進
困難なときこそ、軸を持って立ち向かう
CCCJ会長は就任早々、パンデミックという大きな外的課題に直面した。会員のためのイベント開催を戦略的な柱とする組織にとって、事態は急速に複雑化した。「当初は、ビデオ会議でネットワーキングイベントを行うことができましたが、人は次第にオンラインイベントに疲れを感じるようになり、参加者も徐々に減っていきました。」
困難に直面すると、リーダーはミッションや戦略を見直したくなるものです。結局のところ、困難な時期には結果が出るまでに時間がかかり、「竹が生えない土壌に水をやり続ける庭師」のように見えることもある。しかし、試行錯誤を繰り返し、荒波を越えてきた組織を歩んできたほど、そのタイミングで軸をしっかりと持ち、信じた道を進むことが求められる。「3年目にして、ようやく対面イベントを再開しました。初めはハイブリッドで、最終的には完全対面方式に戻りました。」
他者に奉仕することがモチベーションの源になる
リーダーにとって重要なのは、集団が大きくなるほど、意見が一致しないことが多いという現実を受け止めることです。「意見が異なっても、カナダと日本のビジネス関係を拡大するという目標は、全員に共通していると理解する必要があります」と石田氏は語る。
また、リーダーの役割について石田氏はこう述べる、「リーダーの役割は、自分の意見をチームに押し通すことではありません。共通の目標を達成するためには、時には自分の意見を脇に置いて考えることが大切です。」さらに、こう付け加える「自分の意見を無理にチームに押し通すことではなく、時には、チームの意思に耳を傾け、それに基づいてチームをまとめることが必要です」。
正しい姿勢を持つことは視点の問題
想像してみよう。自分は現在、日本での事業拡大プロジェクトの初期段階にいる。期待は膨らむ。リーダーとして、やることは山のようにある。カレンダーはミーティングの約束で埋まっている。運が良ければプロジェクトに有益な人脈を築き、資金も潤沢にある。これは、すべてが順調のケース。
しかし別のケースを考えてみよう。自分はある企業の親会社から日本に赴任したばかり。自国では、大人数のチームと豊富なリソースに恵まれ、数年に及ぶ勤務実績も積んでいた。ところが、新支店のオフィスではこれまでの数分の一のリソースしかない。遅かれ早かれ、状況は厳しくなるだろう。少ないリソースで、より多くのことをこなさなければならなくなるからだ。そのとき忘れてはならないのは、リーダーがこのような状況に陥ったとき、他と比較をしないこと、そして正しい姿勢を保つこと。
石田氏は、いかなる状況下でも正しい姿勢を保つことの重要性を身をもって知っている。一見似たようでありながら、しかし予算規模が正反対の2つのプロジェクトにボランティアとして参加した経験からだ。同氏は、1998年長野オリンピックの通訳に続き、2005年スペシャルオリンピックスの通訳としても活動した。長野では十分に予算が組まれたため、ボランティア活動も順調に行えた。一方、スペシャルオリンピックスでは予算は削減され、ボランティアはリソース不足を訴えるようになったという。「スペシャルオリンピックスは民間プロジェクトで、予算も限られていました。シャトルバスすら手配されておらず、自力で現場に向かわなければなりませんでした。そのため、不平不満を漏らす人が多くいました」と石田氏は語る。続けて、こう指摘する。「ないものに不平不満をいうのは簡単です。しかし、本当に取るべき態度は、報酬があろうがなかろうが、どのように困難を乗り超えるかを考えることです」。
大きなリソースがあってもなくても、目標を見失わないことが肝心だ。資金不足にばかりとらわれすぎると、失敗を言い訳にして問題を回避するという落とし穴にはまりがちになる。一方、自分が築き上げようとしているものに目を向け続けることで、目標を達成するために今ある手段をどう活用するかに意識を集中できるようになる。そうすれば、困難な環境の中から成功に導くリソースや機会を見つけ出すことが可能になる。
良きビジネスパートナーとともに、日本でのビジネス成功を加速
日本での事業展開の構想を練っているのであれば、パートナーとして欠かせないのは、その分野を専門とし進出先の事情に精通している組織だ。
例えば、日本貿易振興機構(JETRO)のような日本の政府機関にアプローチするのは良い選択だろう。市場調査やケーススタディを提供してくれるだけでなく、成功に必要なツールを探すサポートもしてくれる。
さらに、CCCJのような民間団体は、400社以上の企業会員を有しており、日本でのビジネスについてすでに多くの経験や専門知識を持っている。ターゲット市場への参入を促進するため、適切な人脈を紹介し、コミュニティ内でのネットワーク構築の場となっている。
さらに、ケベック州に拠点を置くケベック・日本ビジネスフォーラム(QJBF)のような、日本に足を運ぶことなく重要な知識にアクセスできるプラットフォームも存在する。ビジネスイベントやオンライン配信を通じて、日本での起業や経営、ビジネス文化や消費者文化、法的支援や知的財産、政府のミッションやプログラムなど、多岐にわたる分野をカバーする専門知識、経験談から有益な情報が得られる。
日本で成功するためには…
石田氏によると、日本で成功するための第一の鍵は「十分な調査と入念な準備」。ターゲットとする顧客層、競合他社、流通網、法的環境など、可能な限り最新の情報を収集することが、ビジネスプランの作成において、大いに役立つ。
第二に、「文化を理解し、現地の人々との関係を構築する」こと。
そして第三に、「忍耐」。人は目標達成までにかかる時間を楽観的に見積もってしまうからだ。そのため、忍耐力は少なくとも以下の二つの側面で求められる。
まず、精神的な忍耐。自分自身のモチベーションを維持するとともに、ビジネスパートナーにとっても将来の成功を描き続けてもらうため。
そして、経済的な忍耐。予定通りに進展が見られない場合、利益が出るより以前に資金が底をついてしまうことは珍しくない。プロジェクトを黒字化させるために資金を十分に準備することが重要だ。
忍耐というテーマについて、石田氏はカナダ企業が日本に進出する際に直面する現実、つまりプロジェクト立ち上げの管理アプローチの違いについて言及する。「カナダでは、プロジェクトを立ち上げの際、まず達成すべき目標を設定します。そして、目的Aと目的Bを達成するために、BとCのアクションを試みます」。これは論理的且つ採用するに値する唯一のアプローチと考える。他方で、日本的なアプローチを理解することも、カナダ企業にとっては不可欠である。
同氏はこう続ける、「日本では、(プロジェクトの目標以上に)とにかく失敗をしないことを心掛けます。そして、失敗を防ぐためにはA、B、Cをしなければならないと判断します。もし失敗が起きた場合には、D、E、Fを実行するといった具合です。そのため、日本では忍耐力が必要になります。日本人はリスクを極力避けたいという特質があるのです」。
今の自分を変えず、周囲と良好な関係を築く
石田氏は「(成功するために)ありのままの自分でいること」を強調する。日本文化に同化するために自分を変えるのではなく、「現地の文化に心を開き、興味を持つこと」を勧める。「カナダにはカナダの魅力、興味深い点があります。日本人もそこから学ぶことはあります。相手に合わせるだけでは相乗効果は生まれません。」
これは、複数の文化が協働するときにも言えることだ。「カナダ人にはカナダ人のやり方があり、日本人にも日本人のやり方があります。ですから、私たちは共通点を大切にしつつ、異なる文化の間にある中間点を見つける努力が必要です。重要なのは、好奇心を持ち続け、それぞれの視点について話し合い続けることです。」
日本で成功するタイプの人とは…
日本でビジネスや長期的な人間関係を築きたいのであれば、誠実に行動することが不可欠だ。石田氏によると「誠実で正直であることは、仕事でも私生活でも、日本で成功する鍵であることに間違いありません。どんな相手にも一貫した態度で接し、裏で人を批判することは避けるべきです。特に、駐在員コミュニティは狭い世界なので、この点は重要です。」
また、日本でのビジネスで成功するためには、外向的であるほうが有利かどうか尋ねたところ、石田氏はきっぱりと否定した。「私自身、人見知りをする性格ですが、それでも自分のコンフォートゾーンから抜け出すことが重要だと理解しています。大切なのは、自分らしさを保ちながら、社交的になって人と関わる努力をすることです。」人との交流を重ねる中で、初めて「自分の道を支えてくれる努力者となり得る人 」と出会うことができる。
幻想と現実
長時間労働は、アジア諸国共通のビジネス文化と思われている。日本も例外ではない。パンデミックによってその風潮が多少変化したのは事実だが、夜10時を過ぎてもオフィスタワー内の明かりが点いていることからもわかるように、あまりにも長い間浸透してきた文化であるため、日本の労働実態が全体的に変わったわけではない。
これについて、石田氏は「日本人の労働に対する考え方がカナダ人とは異なるためです」と解説する。「日本人にとって重要なのは、何かを達成することよりも、そのプロセスに全力をかけることです。つまり、日本では失敗があっても、結果を出そうとする強い意志があれば評価されます。対してカナダでは結果さえ出ていれば、勤務時間が何時間であろうと上司は気にしません。日本では、成功への献身を示すために、長時間労働をするのです」と語る。
2024年9月 オンラインにて 聞き手 Francis Carroll