日本と世界をつなぐ
『日加ビジネス記』第3弾の今回は、日本貿易振興機構(JETRO)でアシスタントディレクターを務めるタイソン・ガーベ氏に話を伺った。
30年以上にわたり日本との関わりを持つガーベ氏は、日加ビジネス交流の専門家とも言える。今回のインタビューでは、これまでの経歴を振り返り、現在カナダと日本のビジネス関係の中でどのような役割を担っているのか、幅広く語っていただいた。
JETROは日本と世界各国との間で、相互の貿易・投資・イノベーションを促進する日本の独立行政法人。
1958 年に日本の輸出促進を目的として設立されて以来、その使命は時代とともに進化し、現在では外国からの投資を日本へ誘致するとともに、日本の中小企業やスタートアップ企業が国際的な潜在力を最大限に発揮できるよう支援することへと拡大している。また、海外スタートアップ企業と日本の大企業のオープンイノベーション部門をつなぐなど、日本におけるイノベーション促進にも大きな役割を果たしている。
モントリオールからロンドンへ
Q モントリオール生まれで、国際学修士課程修了までイギリスに滞在されていたそうですね。幼少期に経験した異なる文化との出会いが、国際関係やビジネスへの関心にどのように作用したと思いますか。
A 確かに、幼少期の経験で国際問題への関心が強まりました。フランスやドイツなどに気軽に渡航できたことも大きな影響があります。カナダでは国際的な視野を養うことは容易ではありませんが、私がイギリスに住んでいたときは、フェリーでわずか数時間の距離にあるフランスに学校の遠足でも訪れたほどです。また、歴史が得意だったこともあり、大学では国際関係学の学士号を取得し、その後、国際研究の修士号も取得しました。
日本での5年間、その始まりは-
Q 国際学の修士号を取得後、5年間日本で働かれたとのことですが、具体的に何が日本への道を開いたのでしょうか。
A 修士課程修了後は、しばらく世界各地を旅しながら英語を教えるつもりで、本格的に職を探すのはその後と考えていました。そんな折、偶然にも新聞広告で日本での英語講師の求人を見つけたのです(当時はインターネットなどない時代!)。応募したところ、JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)の英語指導助手として採用されました。
当初は1年間だけ滞在し、英語講師として世界を巡るつもりでしたが、、日本の魅力に惹かれ、結局5年間滞在することになりました。その後、トロントのJETROで25年間勤務することになり、あの新聞記事で目にした求人がきっかけで、私は30年以上にわたり日本と関わる人生を歩むことになったのです。
ちなみに、JETプログラムは新卒の学生にとって、日本での生活を体験する絶好の機会であると自信を持ってお勧めします。航空券や仕事、住む場所まですべて手配され、特別な経験や日本語能力も問われません(最近は選考が厳しくなっている可能性がありますが)。私が参加した当時は、イギリスから日本に行きたいと考える人はほとんどいなかった時代です。
多岐にわたるビジネス分野
Q 自動車、航空宇宙、ライフサイエンス、クリーンテックなど、さまざまな分野のプロジェクトを担当されてきたそうですが、特に得意とされる分野はありますか。もしあれば、その理由もお聞かせください。特に得意分野がない場合、これまで手掛けたことはないものの、ぜひ挑戦してみたい分野はありますか。その理由も教えてください。
A 最初はかなり抵抗感がありましたが、今ではライフサイエンスに強い関心を持っており、幹細胞治療や遺伝子治療といった命を救う新たな医療技術について学べるイベントへの参加や、企業との出会いを心底楽しんでいます。もちろん、こうした技術に関する私の科学的知識は素人レベルで基礎的なものに留まりますが、ライフサイエンス研究の世界は驚きに満ちており、非凡な研究に取り組む素晴らしい人々と出会えることが魅力です。
他の分野についても、あまり見逃しているとは感じていません。さまざまな領域に触れる機会は多いのですが、いくつかの企業の活動については、より深く知識を得たいと考えています。JETROのような組織で働くことの難しさでもありますが、多くの技術を幅広く知る一方で、企業内部で働く場合のように特定の分野での専門家になりにくい点にあります。
日本が関心を持つビジネス分野
Q JETROは、日本国内での事業拠点設立や事業拡大、現地企業との協業や合弁事業を支援しています。カナダ人起業家が日本でビジネスを展開する際、どの分野に注目すべきでしょうか。また、カナダ企業は日本市場にどのような価値を提供できるのでしょうか。
A 近年、日本では ネットゼロ関連技術が特に高い潜在力を示しています。米国ではトランプ政権下でクリーンテックの優先度が低下したように見えたものの、日本が 2050 年のネットゼロ目標を達成するためには、これらの技術は今後も不可欠です。国際情勢によって状況が今後変化する可能性はありますが、日本企業は引き続きクリーンテックやネットゼロ技術に強い関心を寄せるでしょう。
さらに、日本は急速な高齢化と人口減少への対応が喫緊の課題であり、この分野は今後も継続して重要視されると考えられます。
また、 生活・産業のデジタル化も政府と企業の大きな重点テーマです。
概して、カナダ企業は日本に新たな発想をもたらす可能性があります。それは単に技術そのものにとどまらず、課題へのアプローチや問題解決の考え方にも及びます。日本は、社会全体や企業内で直面するさまざまな課題に対して、実効性のある解決策を求めています。つまり、優れた技術や斬新なアイデアだけでは不十分で、具体的な課題を解決できるソリューションが重要視されているのです。
日本進出を目指すカナダ企業 - 成功のための3つの鍵
Q JETROでの長年の経験から、日本市場への進出を目指すカナダ企業が考慮すべき重要なポイントは何でしょうか。
A 1. 市場に精通したパートナーや人材を確保する
2. 製品やサービスを日本市場向けに適応させる
一見シンプルですが、多くの外国企業はカナダや米国での成功体験がそのまま日本で通用すると考えがちなのです。
3. 日本のパートナーや顧客と協業できる体制を整える
細部に注意を払い、忍耐強く信頼関係を築くことが重要です。また、日本語を話せる人材を採用することも大切です。日本語話者なしで日本市場で成功できると考えるカナダ企業が多いことには驚かされます。
カナダにおける日本企業 - 成功のための3つの鍵
Q JETROは、カナダ市場への輸出や投資を目指す日本企業の支援も行っています。日本とカナダではビジネス環境が異なるため、カナダで事業を拡大する際に日本企業が押さえておくべき重要なポイントは何でしょうか。
A 1. カナダ市場向けの製品ローカライゼーション
カナダ市場に合わせた製品やサービスの調整が重要です。例えば、ファッション店や自動車メーカーは、他国とは異なる商品ラインを展開することで、北米での販売数量を増やしています。
2. カナダ人現地スタッフの採用
現地スタッフの採用は、事業運営において重要なポイントです。過去20~30年で、日本企業はカナダへの駐在員を徐々に減らし、現地スタッフがより上級職に就くようになりました。現在では、多くの日本企業のカナダ子会社でカナダ人CEOが指揮を取る例も増えています。ただし、現地採用に依存する場合は、日本の本社との間で言語や文化のギャップが生じる可能性があるため、これに対処することは必要です。
3. 新たな貿易障壁への対応
最近では、貿易環境の変化により、新たな障壁が浮上しています。日本企業は、カナダが北米やグローバルサプライチェーンにおいてどのような位置付けになるかを慎重に検討する必要があります。これまでCUSMA(カナダ・米国・メキシコ協定)下では、カナダ事業を北米戦略の一部として位置付けることが可能でしたが、状況は変化しつつあるかもしれません。
日本での新たなビジネスチャンスを掴む
Q 現地訪問、オンライン、直接面談、支援団体を通す…それとも別の方法があるのでしょうか。
A 最も確実なのは、現地訪問です。特に初めての訪問は、政府主催のミッションの一環として行うのが理想的です。単独での訪問や飛び込み営業では、成果を上げるのは非常に困難だからです。
加えて、日本語話者や、日本市場・業界に精通した人材を採用することも極めて重要です。
神話か、現実か
Q 日本の組織で25年間国際ビジネスに携わってきた経験から、日本でのビジネスに関する最大の神話とは何でしょうか。 また、過去に見聞きしたが、年月を経て変化したことはありますか。
A 日本でのビジネスコストは、多くの人が想像するほど高額ではありません。私が住んでいた頃や、25年前にJETROで働き始めた当時と比べると、確実にコストは下がっています。当時、多くのカナダ企業にとって日本は訪問や事業展開の際、最も費用のかかる市場の一つと見なされていました。しかし現在では、コストを抑えつつ現地での存在感を維持する方法が数多く存在します。
それでもなお、多くのカナダ企業は「日本は高コストな市場だから、現地事務所を設置する前に一定の投資利益率(ROI)や十分な顧客基盤が必要」と考えています。しかし、カナダに留まったままではROIを得ることは困難です。いわば「鶏(チキン)が先か、卵が先か」の問題で、多くの企業は現地投資に臆病、慎重(チキン)になりすぎているのです。
もちろん、カナダ企業が慎重に行動し、むやみに資金を使わないのは当然のことです。そのため、日本に進出する前に一定の投資回収(ROI)が見込めることを重視する彼らの考えも理解できます。しかし、現地展開を始めたいのであれば、コストを抑える方法は数多くあります。現地に事務所を設置することで、事業の拡大を迅速化し、初期投資の回収も現実的になります。
記事作成 John-William Blackburn(2025年10月)